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ついに日本に帰ってきました!


アジア旅行記(1年前)2007年12月15日
日本・下関
ついに,この日の朝,日本に到着です。関門大橋が見えてきました。

下関港が近づいてきます。

そして,ついに接岸,私も上陸です。約1年2ヶ月ぶりに,日本の土を踏みしめました!
この後の,税関検査では・・・・
今回の旅で,最も厳しく検査されてしまいました。荷物も,半分くらいは,ザックから外に出されてしまいました。
検査官「麻薬を見たことはありますか?麻薬を吸ったことはありますか?麻薬を今,持っていますか?」なんて,直接的な質問でしょう(笑)。まあ,行った国(タイ,インド,ネパール,パキスタン)が国なので,麻薬が手に入りやすいというのもありますし,私も,泊まった宿で,直接見たことはないですが,麻薬らしき臭いをかいだことはあります。疑われても仕方がないですよね。小汚い格好もしていましたし・・・・。逆に,このように検査する日本税関は,頼もしい!とさえ思いました。検査官も「今までの旅の中で,一番厳しかったでしょう」と自認していました。他の国の税関では,だいたい「日本人か,行け!」みたいな感じで,ほとんど調べられることもありませんでしたし。
外に出たら,日本食。1年2ヶ月ぶりの,日本での初めての日本食は,天ぷらうどんでした。

アジア旅行記(1年前)をお読み頂き,ありがとうございました。これで終わり・・・ではなく,アジア旅行記(2年前)が始まります。というのも,アジア旅行記(1年前)は,途中のパキスタンから始めましたが,
http://yuukitagata.sagafan.jp/e29273.html
その前に,中国→パキスタンの旅があるからです。ということで,しつこく続く,アジア旅行記です。また,宜しくお願いします。  

旅を振り返りながら・・・


アジア旅行記(1年前)2007年12月14日
(中国・青島)→黄海上→(日本・下関)
今日は,一日中,船の上。時間がたっぷりあるので,旅を振り返って,感慨に耽っていました。
なお,私の客室は,一番安いもの。雑魚寝方式。料金は1万2000円くらいだったと思います。ちなみに,日本人は,私しかいませんでした。他に,若い中国人女性が,たくさん集団で乗っていたので「何しに日本に行くの?」と聞いたら,「研修」ということでした。日本に定着する研修生か,それとも中国にある日本の会社用の研修で,一時的に日本に行くのかは,よくわかりませんでした。前者だと,最近,結構問題になっているようなので(ひどい労働条件で働かされるなど),心配ですね。彼女らのジャンパーが写真後方に掛けてあります。  

ついにユーラシア大陸を離れて


アジア旅行記(1年前)2007年12月13日
中国・青島
ついに,日本・下関に帰るため,船に乗る日が来ました。2006年10月20日に,成田から中国・成都に着いてから,ずっとユーラシア大陸にいたわけで,ついに,ユーラシアを離れることになりました。
ここが,船の旅客ターミナルです。2泊3日かけて,12月15日に下関に着きます。
ここ青島からの国際航路は,韓国・仁川と,群山行きもあるのです。このターミナルのそばには,ハングル文字で書かれた商店がたくさんあり,韓国との貿易が盛んなことがわかります。日本商店は,ありませんでしたね。
さらば,ユーラシア!
中国・青島の位置は,以下のとおりです。「-」を何度かクリックしてみて下さい。日本が近いですね。
  

最後の街を,最後の観光


アジア旅行記(1年前)2007年12月12日
中国・青島
ついに,明日,中国を船で離れて,下関へ向かいます。最後の観光です。
なんでもない風景でも,いとおしく感じます。ネコちゃんが,寒くてくるまっています。

青島は港湾都市です。風が強くて,寒かったですね。

お犬様。世界中で犬と挨拶をしてきましたが,私が犬好きだと,犬の方もわかるみたいで,だいたいどの国でも,犬は私に友好的でした(ほんまかいな?)。  

友達の友達


アジア旅行記(1年前)
中国・青島
中国・済南で大学生にホストしてもらったことは書きました。
http://yuukitagata.sagafan.jp/e58773.html
その彼から,青島にいる友人を紹介してもらいました。その彼に,青島を案内してもらい,楽しかったです。友達の友達ですね。
今回の旅では,「友達の友達」で,かなり交流の範囲がひろがりました。例をあげると,
「モンゴルで会ったイギリス人→その義父(タイのチェンマイで会う)」,「アゼルバイジャンで会ったアメリカ人(静岡大学に留学経験あり)→カザフスタン人(アルマトイで会う。同じ静岡大学に留学),「チベット探査で同じだった日本人→その人が青蔵鉄道であったオーストリア人(バンコクにて会う)→その人の紹介のタイ南部のツリーハウス」などなど,です。人の縁って,不思議ですね。私は,こういう縁があったら,積極的に関わるようにしています。

青島には,こういう洒落た建物が,今での残っている地区があります。

夜は,ホスピタリティクラブのメンバーの家で。彼はカナダ・ケベック出身。で,ケベックの写真集と,青島ビールでポーズ!  

「あおしま」じゃないよ,「チンタオ」だよ


アジア旅行記(1年前)2007年12月10日
中国・泰安→青島
この日は,ついに旅行の最後の街になる青島(チンタオ)へ移動。
バス乗り場には「サービス向上!」というポスターがありました。中国も,かなりサービスを意識するようになってきたようですね。確かに,思ったよりは,ひどいサービスはなかったです。もちろん日本に比べれば・・・ですが。

青島では,オリンピックのヨット競技が開催されるといこうとで,整備工事ラッシュです。北京との高速鉄道も建築中でした。でも,このポスターの列車は,日本の新幹線ですよね(笑)。

ここでもホスピタリティクラブのメンバーのお世話に。英語講師をしている,カナダ人です。後ろは,黄海。もうすぐ日本です。

青島には,ドイツ風の建築物や教会もあり,中国らしくない地域もあります。今回の旅で,以前に訪問したアモイに似ているところがありますね。
この日は,彼のアパートでゆっくりさせてもらいました。彼はユーラシアを横断したサイクリスト。それからレーシックで近視を矯正した経験も持ちます。どちらも刺激を受けて,私は日本に帰ってから自転車で横浜→伊万里を走ったり,レーシック手術を受けたりすることになりました。色々な人との交流で,刺激を受けますね。  

霊山に登りました!

アジア旅行記(1年前)
2007年12月9日
中国・泰山
それほどよい天気ではないですが,さあ登ります。風も吹いて,かなり寒いですが,まともな服がありません。一生懸命に体を動かして,自家発電して(笑),寒さをしのぐしかないです。写真中央のV字の窪みの部分に,階段があり,みな登っていますね。



山登りをしている私としては,大してきつくはないですが,それほど日頃運動していない人には,なかなかきついでしょうね。このような修業?だからこそ,頂上に立つ喜びもひとしおなのでしょう。頂上で,中国人と記念撮影。彼らは「出身地は,大地震が起きて有名なところだ」と言い,「唐山」ということがわかりました。この時は,また,四川大地震は起こっていませんでした。
なかなかいい運動になりました。でも,安宿のシャワーは,ひどかったので,シャワーを浴びずに寝てしまいました・・・。

泰山の場所は,以下で。「-」で何度かクリックして,拡大地図にしてみてください。日本がかなり近づいてきましたね。
  

泰山への道


アジア旅行記(1年前)2007年12月8日
中国・泰安
明日から、霊山・泰山(世界遺産でもある)に登るため、今日は麓の街・泰安入り。
前宮にあたるところに、お参りです。街は、ごく普通。宿代を値切るのが、なかなか大変でした(笑)。  

大学の寮を満喫?


アジア旅行記(1年前)2007年12月7日
中国・済南
この日は,ホスピタリティクラブのメンバーが,街を案内してくれます。この街には,多くの水がわき出していて,それが公園になっています。それが,街の自慢だそうです。

夜は,彼もいる,大学の寮に泊めてもらいます。8人一部屋。1人が,実家に帰っているそうで,空いたベッドに私が寝させてもらうことに。同じ部屋の大学生だけでなく,日本人が来ているということをききつけて,他の部屋からも大学生が来て,色々話ができました。とても楽しかったですし,興味深かったです。「はじめて日本人と話した」という学生も多かったです。街の普通のホテルに泊まるより,ずっといい経験ができました。
大学の寮ですから,決してきれいとはいえませんが(笑),私は慣れているので大丈夫です!

寮のベッド(二段ベッドの上)は、こんな感じです。  

山東省・済南へ


アジア旅行記(1年前)2007年12月6日
中国・済南
この日は,北京を離れ,列車で山東省・済南へ。その日のうちに着きますが,列車はさらに先まで行くので,寝台仕様になっていました。

ここでもホスピタリティクラブのメンバーのお世話になります。彼は中国人大学生。学校内のゲスト用の部屋に,いったん案内されました(写真)。でも,彼の寮の部屋があいているということで,そちらに結局移動。学生がいる寮の方が,私も他の学生とも話ができて,よかったです。

中国・済南の場所は・・・「-」ボタンをクリックして,スケールを拡大してみて下さい。



  

北京をサイクリング


アジア旅行記(1年前)2007年12月5日
中国・北京
北京では,1年前のモンゴル・ウランバートルで同宿だったイギリス人宅に泊めてもらうことに。その時に,「北京に戻ってきたら,うちに来なよ」と言ってくれましたので(社交辞令でなく),寄らせてもらいました。私がアジア旅行中もメールで連絡を取り合い,彼の義父を訪ねてタイ・チェンマイにも訪問させてもらいました。人の縁って,不思議ですね。
彼が自転車を持っているので,一緒に北京の街をサイクリング。

途中の古い建物の中で,なにやらドラマ?のロケをしていました。また,写真にはありませんが,彼の友人宅にも訪問させてもらいました。自転車だと,広範囲を移動でき,かつ,停まることも容易なので,街を探索するにはもってこいですね。  

1年ぶりの天安門広場


アジア旅行記(1年前)2007年12月4日
中国・北京
前夜・洛陽発の夜行列車に乗って,今朝北京へ到着。
約1年ぶりの天安門広場です。
今回の旅の中で以前に来たことがある場所を再訪したのは,ここ北京が初めて。

天安門広場近くの,新しい劇場のような建物。たまごのような形をしています。後方は,確か国会にあたる建物です。

街中をブラブラ。おもしろい形をしたビルを建設中。北京オリンピックに向けて?多くの建物・道路が建築中の北京なのでした。  

日本語を話しましょう。


アジア旅行記(1年前)2007年12月3日
中国・洛陽
前夜に,洛陽に着きました。ここでもホスピタリティクラブのメンバーのお世話になりました。
洛陽というと,三国志ファンにはおなじみの古都。しかし,今の街の様子は,写真のような感じ。街の中心には,古都の雰囲気がほとんど残っておらず,ガッカリ。日本もそうですが,(東)アジアの国々では,昔の街の雰囲気を残さず,次々と新しい建物を造っています。この点,ヨーロッパの古い街並みを残そうという取組と大きな違いですね。

郊外にある,龍門石窟(世界遺産)に行きました。そこで,日本語を勉強している中国人大学生(写真左)と会いました。彼も,友人と観光中でした。彼は,私と日本語を話せるということで,とても喜んでくれました。途中から,彼のガイド付きで,見て回りました。私は,中国から日本に帰るとき,「地球の歩き方・中国」が不要になったので,彼に送って上げたら,喜んでもらえました。彼とは,今でもときどき,メールのやりとりをしています。

洛陽の位置は,以下の通りです。
  

物売りに変身する車掌さん


アジア旅行記(1年前)2007年12月2日
中国・西安→洛陽
この日は,西安を離れて,硬座で洛陽へ移動。古都から古都への移動ですね。
その前に,食堂で腹ごしらえ。中国の食事は,安くて美味しくて,いいですね。中央アジアはいまいちだったので,なおさらです。左が高菜炒飯,左が餃子です。

さて,列車内。一番安い席ですから,中国人民でいっぱい。そんな混んでいるところにもお構いなしに,車掌さんが物売りに来ます。ストッキングだったような。思い切り,棒で叩いても破れないよ!などとデモンストレーションしていましたね。買っている人はあんまりいなかったような。
結構,車掌さんは熱心に売り込んでいました。おそらく,何パーセントかが収入になるのでしょうね。そうでなかったら,あんなに熱心にならないでしょう(笑)。
  

いつものように市場へ


アジア旅行記(1年前)2007年11月20日
カザフスタン・アルマトイ
この日は、街をブラブラ。どこの街でも、いくのを楽しみにしているのが、市場です。ここは肉の市場。他にも、色々なものが売っていました。タダで、その街の日常の暮らしぶりが見られて、市場に行くのは大好きです。

街の中心部に、大きくて立派な公園があります。その中にロシア正教?の教会がありました。  

確か馬の肉


アジア旅行記(1年前)2007年11月19日
カザフスタン・ガラガンダ→アルマトイ
前日からの寝台車に乗って、カザフスタン最大の都市・アルマトイへ。写真は、寝台車の中。無骨な、旧ソ連時代からの寝台車です。

アルマトイでは、アゼルバイジャンで会ったアメリカ人(日本留学経験あり)に紹介してもらったカザフスタン人(同じ学校で、日本留学経験あり)と、その勤め先の社長さん(日本人)に、レストランに連れて行っていただきました。確か、これは馬の肉でした。おいしかったです!世界には、美味しいものが、たくさんありますね。

アルマトイの場所は、いかのとおりです。
  

漢字のお勉強


アジア旅行記(1年前)2007年11月18日
カザフスタン・ガラガンダ→アルマトイ
この日は、寝台車でガラガンダを離れます。その前に、お世話になったホスピタリティクラブのメンバーと記念撮影。彼は日本語を勉強していて、日本にも来たことがあります。漢字勉強の雑誌を持っていました。泊めてもらって、いろいろと案内してくれて、本当にありがとう。日本に来てください!

そして、彼と別れて、列車へ。途中駅では、プラットフォームがないところでも、列車は停まります。かなり長い編成列車でした。アルマトイまで、またまた長旅です!(確か36時間くらい?)  

ちょっとデフォルメがきついかな?


アジア旅行記(1年前)2007年11月17日
カザフスタン・ガラガンダ
ここでも,ホスピタリティ・クラブのメンバーのお世話になります。というか,ホスピタリティ・クラブのメンバーがいなければ,ここには来る予定はありませんでした。カザフスタンの,普通の街を,ごく日常を見せてもらおうとおもったのでした。
さて,彼に連れられて,彼の友人のアトリエに。似顔絵を描いてもらいました。似てますか?ちょっと,デフォルメが・・・。でも,このくらいが,似顔絵にちょうどいいのでしょうね。

ここは,かなり北に位置し,11月ともなると,寒いです。雪も積もっていました。ただし,多くはないですし,世界全体の温暖化の影響か,あまり気温が下がらず,雪がべちゃべちゃしています。彼の話です。でも,けっぱり寒い。部屋の中では,マキで暖をとります。
ガラガンダの位置がわからないでしょうから,以下に示します。「-」ボタンで,スケールを大きくして,見て下さい。
  

綺麗なロシア人女性?


アジア旅行記(1年前)2007年11月16日
カザフスタン・シュムケント→ガラガンダ
この日は、寝台車で次の目的地へ。36時間くらいかかります。こういうときは、時間がたっぷりありますから、自然と、同じコンパートメントにいる人と仲良くなります。
一緒にいたのは、ロシア系の中年夫婦。英語はほとんど通じないので、私の簡単なロシア語会話帳をつかってやりとりします。その会話帳に「ロシア人女性は、本当にきれいですね」というのがあったので、そのままロシア語で言ったら、その女性はとても喜んでくれました。その女性も、中年で、やや太っていますが、若いときはもっときれいだったんだろうなあと思わせます。20歳くらいの?娘が二人いるということなので、「写真を見せてください」と言ったら、「今はないよ」と言われてしまいました。残念でした~(笑)。
なお、写真は、車内。転落防止のストッパーがついていないので、上に寝ると落ちないかと怖いのです。  

ビールで乾杯!


アジア旅行記(1年前)2007年11月15日
カザフスタン・シュムケント
昨夜遅くに,バスでキルギス・カザフスタンの国境を越えました。今朝,早く,最初の街シュムケントに到着。ここでも,ホスピタリティクラブのメンバーにお世話になることに。彼は仕事があるので,私は1人で,郊外の世界遺産へ(ホジャ・アフメッド・ヤサウィ廟)。ティムール時代(1389年~1405年)に建設された12世紀の詩人の霊廟。青いタイルで装飾された大きなドームをもつイスラム教の宗教建築。ペルシア人建築士は、一部完成していないこの建物で巨大ドーム構造など、皇帝の監督のもとで実験したと伝えられているそうです。

夜は,ホスピタリティクラブのメンバーが食事を作ってくれます(彼はカザフ人ではなく、外国からのボランティア)。そして,このシュムケント産のビールで乾杯!

シュムケントの場所は、いかのとおりです。