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読書「サラムモロッコ」

大西久恵「サラムモロッコ」書肆侃侃房(「しょしかんかんぼう」と読みます)
この本は、モロッコの旅行を扱うランドオペレーターの方が、書かれたモロッコ旅行のガイド本です。「サラム」とは、ムスリムの挨拶なので、「サラムモロッコ」とは、「こんにちは、モロッコ」という意味ですね。
ただ、単なるガイド本ではありません。ランドオペレーターの豊富な経験から、細かい所にも言及されています。また、紀行文もあり、ちょっとした読み物にもなっています。
各都市の紹介では、食事・お茶の店だけでなく、信頼できる地元旅行会社も紹介されています。旅行会社選びは、なかなか難しく、間違えると、高いお金を取られただけで、不快な思いをしかねません。ですから、信頼できる地元旅行会社の情報は貴重ですね。
この本は、総ページカラーで写真も多く載っていてきれいです。パラパラ眺めるだけでも楽しめます。料理のページを見ると、とても美味しそう。
まだ、モロッコ(というかアフリカ大陸に)に行ったことがない私ですが、モロッコに行きたくなってきました。特に、「一度入ったら出て来られない、世界一の迷路都市」と紹介されているフェズに行きたいですね。偽ガイドが煩わしいようですが、できれば一人で、時間をたくさん使って、わざと迷ってみることで、脳を刺激する。どうしても、迷ったら、地元の人とコミュニケーションをとる。これも旅の楽しみだと思います。
なお、著者は、あとがきで、「日本人旅行者がモロッコで不快な思いをして帰っていく姿をしばしば見た。文化、習慣などの違いを理解した上で、旅行してもらいたいと思った」という趣旨のことを書いています。その通りですね。旅は、非日常を楽しむ経験です。「違い」があることを理解して、その「違い」を許容して、楽しむように私はしています。
たとえば、インドは、日本に比べれば、一般的には不衛生です。しかし、だからこそ、「おおっ、この不衛生さこそ、インドだ!」とエンジョイ?しようと努めます。また、私は、ちょうどラマダン(断食月)の時に、戒律が厳しいイランにいました。旅行者の間では「ラマダンの時に、イランに行くな」が通説です。しかし、ラマダンこそ、ムスリムらしさ。私も、できるだけラマダンに従い、「違い」を楽しむようにしました。
もっとも、現地では、その余裕がなくなることも多いのですが(笑)。
  

Posted by 田形祐樹 at 11:32Comments(1)TrackBack(0)

バリで,お散歩


11月21日から23日の間,インドネシア・バリにおりました。初めてのバリです(インドネシアは,サラリーマン時代にジャカルタだけ行ったことがあります)。
まず冒頭の写真は,お散歩の最中に寄った,大衆食堂の定食。ご飯の他は,おかずを自分で指定します。これで食事のみで8000ルピア。日本円で60円くらいかな。

食堂の様子は,こんな感じ。左に,注文カウンター。

食後は,近くの屋台のフルーツジュース,かき氷屋さんが繁盛していて,美味しそうだったので,それを食することに。氷は,ミネラルウォータでなさそうなので,大丈夫かな?と思いましたが,まあ大丈夫でした。美味しかったですよ。「うまいか?」「どこからきたの?」と少し会話も。

街中で,お犬さま。「なんだよ~」と睨まれました。

子どもたちがレーシングゲームで遊んでいます。

街の中心に,数年前のテロ追悼碑があります。200人くらい亡くなったとか。日本人も2人記録されていました。名字が同じなので,カップル(夫婦)のようでした。御冥福をお祈りします。  

Posted by 田形祐樹 at 12:15Comments(0)TrackBack(0)旅行

読書「蟹工船」


小林多喜二「蟹工船」新潮社
近時,ワーキングプアが問題となっているところ,この本も脚光を浴びていますね。
私も,題名だけは知っていましたが,読んだことがなかったので,読んでみました。
蟹工船での,生々しい労働・生活ぶりが書かれています。体験的ルポですね。
特に印象に残った点が2つ。
1つが,脚気になって,歩くこともできず,横たわったまま,糞尿も垂れ流して死んでいった労働者のこと。その死体の描写も生々しいものがあります。その労働者は,カムチャッカの海に,水葬されます。
もう1つが,ストを決行した労働者の首謀者が,「味方」と思っていた帝国海軍に捉えられたこと。そのストは失敗に終わりました。
それほど長くない本ですから,興味がある方は一読をお勧めします。
なお,同じ本に収録されている「党生活者」は読んでいません。  

Posted by 田形祐樹 at 07:00Comments(2)TrackBack(0)読書

いつものように市場へ


アジア旅行記(1年前)2007年11月20日
カザフスタン・アルマトイ
この日は、街をブラブラ。どこの街でも、いくのを楽しみにしているのが、市場です。ここは肉の市場。他にも、色々なものが売っていました。タダで、その街の日常の暮らしぶりが見られて、市場に行くのは大好きです。

街の中心部に、大きくて立派な公園があります。その中にロシア正教?の教会がありました。  

確か馬の肉


アジア旅行記(1年前)2007年11月19日
カザフスタン・ガラガンダ→アルマトイ
前日からの寝台車に乗って、カザフスタン最大の都市・アルマトイへ。写真は、寝台車の中。無骨な、旧ソ連時代からの寝台車です。

アルマトイでは、アゼルバイジャンで会ったアメリカ人(日本留学経験あり)に紹介してもらったカザフスタン人(同じ学校で、日本留学経験あり)と、その勤め先の社長さん(日本人)に、レストランに連れて行っていただきました。確か、これは馬の肉でした。おいしかったです!世界には、美味しいものが、たくさんありますね。

アルマトイの場所は、いかのとおりです。
  

漢字のお勉強


アジア旅行記(1年前)2007年11月18日
カザフスタン・ガラガンダ→アルマトイ
この日は、寝台車でガラガンダを離れます。その前に、お世話になったホスピタリティクラブのメンバーと記念撮影。彼は日本語を勉強していて、日本にも来たことがあります。漢字勉強の雑誌を持っていました。泊めてもらって、いろいろと案内してくれて、本当にありがとう。日本に来てください!

そして、彼と別れて、列車へ。途中駅では、プラットフォームがないところでも、列車は停まります。かなり長い編成列車でした。アルマトイまで、またまた長旅です!(確か36時間くらい?)  

3ヶ月分の寄付

私は,手取り1%寄付をルール化していたところですが,
http://yuukitagata.sagafan.jp/e30357.html
8月分をペシャワール会にしてから,
http://yuukitagata.sagafan.jp/e41369.html
9,10そして11月分をさぼっていました。
そこで,3ヶ月分まとめて,
国境なき医師団日本
http://www.msf.or.jp/index.php
にしました。私の究極の夢も,このような医師になって,海外に行くことなので(実現可能性はゼロに近いですが),今は金銭的な応援だけでもしようかと思いまして。
クレジットカードによるインターネット寄付ができ,私もこれを利用しました。便利ですね。
http://www.msf.or.jp/donate/donate2.html
ただ,3ヶ月分,いっぺんに支出したので,結構な?額になり,精神衛生上よくなかったです(笑)。こつこつ寄付した方がいいですね。
  

Posted by 田形祐樹 at 19:23Comments(3)TrackBack(0)寄付

ちょっとデフォルメがきついかな?


アジア旅行記(1年前)2007年11月17日
カザフスタン・ガラガンダ
ここでも,ホスピタリティ・クラブのメンバーのお世話になります。というか,ホスピタリティ・クラブのメンバーがいなければ,ここには来る予定はありませんでした。カザフスタンの,普通の街を,ごく日常を見せてもらおうとおもったのでした。
さて,彼に連れられて,彼の友人のアトリエに。似顔絵を描いてもらいました。似てますか?ちょっと,デフォルメが・・・。でも,このくらいが,似顔絵にちょうどいいのでしょうね。

ここは,かなり北に位置し,11月ともなると,寒いです。雪も積もっていました。ただし,多くはないですし,世界全体の温暖化の影響か,あまり気温が下がらず,雪がべちゃべちゃしています。彼の話です。でも,けっぱり寒い。部屋の中では,マキで暖をとります。
ガラガンダの位置がわからないでしょうから,以下に示します。「-」ボタンで,スケールを大きくして,見て下さい。
  

綺麗なロシア人女性?


アジア旅行記(1年前)2007年11月16日
カザフスタン・シュムケント→ガラガンダ
この日は、寝台車で次の目的地へ。36時間くらいかかります。こういうときは、時間がたっぷりありますから、自然と、同じコンパートメントにいる人と仲良くなります。
一緒にいたのは、ロシア系の中年夫婦。英語はほとんど通じないので、私の簡単なロシア語会話帳をつかってやりとりします。その会話帳に「ロシア人女性は、本当にきれいですね」というのがあったので、そのままロシア語で言ったら、その女性はとても喜んでくれました。その女性も、中年で、やや太っていますが、若いときはもっときれいだったんだろうなあと思わせます。20歳くらいの?娘が二人いるということなので、「写真を見せてください」と言ったら、「今はないよ」と言われてしまいました。残念でした~(笑)。
なお、写真は、車内。転落防止のストッパーがついていないので、上に寝ると落ちないかと怖いのです。  

ビールで乾杯!


アジア旅行記(1年前)2007年11月15日
カザフスタン・シュムケント
昨夜遅くに,バスでキルギス・カザフスタンの国境を越えました。今朝,早く,最初の街シュムケントに到着。ここでも,ホスピタリティクラブのメンバーにお世話になることに。彼は仕事があるので,私は1人で,郊外の世界遺産へ(ホジャ・アフメッド・ヤサウィ廟)。ティムール時代(1389年~1405年)に建設された12世紀の詩人の霊廟。青いタイルで装飾された大きなドームをもつイスラム教の宗教建築。ペルシア人建築士は、一部完成していないこの建物で巨大ドーム構造など、皇帝の監督のもとで実験したと伝えられているそうです。

夜は,ホスピタリティクラブのメンバーが食事を作ってくれます(彼はカザフ人ではなく、外国からのボランティア)。そして,このシュムケント産のビールで乾杯!

シュムケントの場所は、いかのとおりです。

  

ここにも日本のODAが・・


アジア旅行記(1年前)2007年11月13日
キルギス・ビシュケク
この日は,ビシュケクに戻り,次のカザフスタン行きに備えます。特に何をするわけでもなく,街をブラブラ。ビシュケクには,おんぼろ?バスがたくさん走っています。ここでも,日本ODA支援があるようです。

食事では,ラグメンというラーメンみたいなものを食べました。具がたくさんあってボリュームもあるし,美味しかった!肉は羊の肉です。メンは,結構コシがありましたね。  

芸術家のお父さん


アジア旅行記(1年前)2007年11月12日
キルギス・カラコル→ビシュケク
ここカラコルでも,ホスピタリティクラブのメンバー宅にお世話になりました。そこのお父さんは,芸術家。家の中に,たくさん絵がありました。ただ,ソ連崩壊後(キルギス共和国は,ソ連邦の一部だった),芸術家は食べていくのが難しく,景気のいいカザフスタンに出稼ぎにいく今日この頃だということでした。芸術家は,つらいですね。

ホスピタリティクラブのメンバーが,早朝にかかわらず,バスターミナルまで送ってくれます。本当にありがたいですね。そして,メンバーとの別れも名残惜しく,朝早いバスでビシュケクに戻ることに。途中の草原は,広々として,気持ちいい。
ところで,キルギスのカラコルと言われても「どこ?」とわからない人が多いでしょう。
以下の地図でご確認下さい。
「-」を何回かクリックすると,大きなスケールの地図になります。
確か,この辺でした。違ってたら,ごめんなさい。

  

久しぶりのテニス

11月9日(日)には、米子の弁護士先生と事務所の方々とテニスをさせていただきました。
久しぶりのテニス、へぼテニスですが、動き回るだけで、楽しかったです。
完全に自己流でやっていますが、今度レッスンを受けてみようかな。
O先生、奥様、Kさん、Aさん、ありがとうございました。
  

Posted by 田形祐樹 at 12:11Comments(2)TrackBack(0)

蟹をたくさん食べました!

私は、11月8日(土)、9日(日)の週末に松江、米子に行ってきました。
米子では、解禁になったばかりの蟹をたくさん食べさせていただきました。ありがとうございました!
  

Posted by 田形祐樹 at 07:59Comments(3)TrackBack(0)

飛行機の窓から


先週,東京で弁護士会の研修がありました。そこで,初めて佐賀空港←→羽田空港のフライトを利用してみました。
私は,鉄道,バスとも車窓からの眺めが大好きですが,飛行機からの眺めも大好きです。
一枚目の写真は,関西空港。

これは,静岡県・御前崎を東から西へ見たもの。ここを自転車で走ったんだよなあ,と感慨に?耽りました。

これは阿蘇山を北から見たもの(多分)。  

Posted by 田形祐樹 at 06:00Comments(3)TrackBack(0)一般

地図帳と地球儀

私は、いつも、地図帳を鞄にしのばせています。地図帳を眺めているだけで、「次はどこに行こうか」「ここに行ったときは、こうだった」と次々と考えや想いが沸き上がってきて、尽きることがありません。
私のお気に入りの地図帳は、シンプルな帝国書院のもの。みなさんも、中学生の時に使ったことがある人がいるでしょう。世界と日本の両方が載っています。海外で地元の人と、その地元の国や私が旅行をした国、そして日本のことを説明するのにも便利です。日本国内で、人に会うときにも、この地図帳が、よい話のネタ元にもなりますよ。産業、気候、人口などの基礎的なデータも載っています。
先日、事務所に地球儀が来ました。これも、眺めて空想旅行に耽るだけでも、楽しいですね。

追記
意外?ですが、地元の人は、その地元の地図を読んだことがないので、地図を示してもわからないのです。アジア旅行した時は、結構困りました。
同じ現象が、伊万里でも!?
地元の人や事務員さんに、伊万里とその周辺のことを地図を示しながら、「どこですか?」と聞いても、なかなか要領を得ないことが多いのですよね。地図を見て、確認するという習慣がないのでしょうね。伊万里もアジアの一部ですしね(笑)。
私が、山登りするから、地図を重視する傾向があって、普通の人は、あまり地図を見ることはないのかもしれませんね。
  

Posted by 田形祐樹 at 14:28Comments(1)TrackBack(0)